自律神経の乱れによる体調不良とこれからの短い人生

なにかと気ぜわしい“師走”だけど
12月は“それなり…”、多少は捨て活をと考えています。
しかし、“それなり…”というのは、理由があります。
愛車を廃車した分、あまり長く歩けない足で、それなり歩くようになりました。足の筋肉も弱っていたので、運動になって、良い点もあります。
とにかく疲れて暮らす毎日
私のそもそもの体調の関係で、近頃は、本当に日々、疲れて暮らしています。
疲れて暮らす…って、ちょっとネガティブワードですが、ネガティブではありません。できることを、できるペースより、ちょっとだけ無理をする生活なのです。
頑張りすぎない。諦める。休む。
これは、性分なんですね。でも、最近は、きっぱり諦めたり、休んだりすることも少しできるようになりました。諦めたり休んだりすることが、どうも後ろめたく、子育て中で、子供が幼い頃は、特に、焦りで自分を責めることが多かったように思います。
今は、「あ、無理かも…」と思っても、とりあえず、ダメもとでチャレンジします。でも、それでも無理なら、一旦、「やーめた」を決め込み、“過ぎたこと”として、頭から消すようにしています。
他人の目と口
これは、傍から見れば、あまりよい印象ではないことが多いですね。
飽きっぽい、根性がない、それっぽっちで? 怠けてる、それくらいできるはず、みんな頑張ってる。頑張って! 頑張ろうよ!
きっとウソじゃない?ただ怠け者なだけ。呆れるよね。同情引こうとしている。
こんな言葉を、たくさん投げかけられたり、ささやかれた時期があります。
ささやきの言葉を、わざわざ伝えてくる人もいたりして(苦笑
それによって、また、心がぐるぐると渦を巻いて、「自分停止」になる。「いや、これじゃだめだ、私は怠け者だ、みんながんばってるのに」と立ち上がる。
そしてまた、同じ繰り返し。
頑張ろうよ!頑張って!怠けてる、根性がない、飽きっぽい、あきれる…ETC
もう、聴かなくていい。
もう、そんな声は、聴かなくていいんです。
その人たちが、なにか助けてくれましたか?
第一、生きてる時間は有限(唯物的な表現ですが💦)
一生は、一度だけ、
あるがまま、生きよう
誰も、他人に投げかけた言葉に責任など持たない。
それを気にして、頑張りすぎて、失敗して、挫折して、病気になれば、笑うだけ。
そういう経験を、繰り返してきた時期があります。
だから、もう気にしません。
気にすると病気になります。体調が悪くなります。
自律神経失調症状
自律神経は、こころの病気ではなく(厳密にいえばですよ)、体に実際に影響が出る病気です。
頭が痛い
疲れた
吐き気がする
おなかが痛い
気持ちが悪い
下痢便秘
めまいがする
動悸・息切れ
言いようのない不安・怖れ
歩けない
しびれる
ETC・・・
ひと昔前までは、
怠け者が使う嘘。そんな風に思われていました。
私は、そういう時代を生きてきたので、キツかったです。
そして、もう今の年齢になっては、完全に治す前に命が消えるでしょう。
もう「自分を生きよう」
同じような症状や、そういう過去があり苦しんでいる人たちも、どうか、「自分を生きて」下さい。
終活ステージも明るくカラフルに生きる
私は、今、カラフルなおばあさんのお話を小説に書いています。
あるがまま、せっかく生まれてきたんだもの、「いい歳をして」なんて思わないで、年齢は、ただの数字です。そして、尊い数々の経験をした日々が刻まれた年輪です。
自虐的冗談では、私も、このフレーズ、よく使いますが、決して、ネガティブに自分を叩くために使っているわけではありません。(笑)
圧倒的に、これからの人生のほうが短いのは事実。
「人生まだまだこれから」とは、私は言いません。
「短いからこそ、楽しく、日々大切に生きないとなぁ」と、考えるようになりました。
もし、とっても地味に生きてきて、全然カラフルじゃない人生でも、これから、自分なりの“きらり”とした日々を送れば、それがたとえ自己満足でも全然OKでしょ?
自分らしく輝いて、カラフルに生きていきたいと思っています。
(この自分らしくってところは、人それぞれだと思う。その人なり、わたしなり)
そう考えるようになってから、体調を崩しても心がひどく沈むようなことはなくなりました。
体調が悪かったら、休めばいい。
サビだらけの車、無理に走らせず、たまにはメンテも必要だよ
というサインでしょう。
疲れたと思ったら、ゴロゴロするのもいいと思います。
その分、元気になったら、どうせ動くんだから。挽回しようって((笑)
自律神経を崩す人って、そういうタイプですよね。
※記事が飛んでしまったので、再アップ構築中です。(胃が痛い😢)